エッセイ:2026年 大通車時代
2026年7月3日
先週末は淡水の楽放展演空間で演出してきた。台北で育った子どもたちなら、淡水には何らかの思い出があるんじゃないだろうか?
音楽をやることを決めた初期の頃は、まだ三峡の実家に住んでいて、時々淡水に来てリフレッシュしていた。その迷い多き時期、淡水河沿いの木陰に座ってぼんやりしていることが、本当にリラックスできる数少ない時間だった。
そういえば、『It's Alright』という曲はここでインスピレーションを得て、その後家でゆっくり完成させたんだ。
みんなは「ある時期の自分が嫌い」なんて思ったことがあるだろうか?もしくはそこまで大げさじゃなくても「あの時、なんでこんなことしたんだろう?」くらいの感覚。自分の作品を見ていると、時々そういう気持ちになることがある。一時期『It's Alright』を弾きたくなかった。曲が長すぎるし、内面的なドラマが多すぎるからだ。そのせいで、この曲はしばらくの間、ライブで演奏されることがなかった。中には「最近この曲を聞かないけど、どうしたの?」と聞いてくる人もいた。
昔の日記を見かけたことがある。そこには、この曲を書いていた時期の生活が記録されていた。読んでいるうちに思い出して、目を閉じるだけでも当時の心理状態に戻ることができた。突然、この曲に対する引っかかりが消えた。
「そっか、あの時はこんな気持ちだったんだ。この曲は、あの時の自分だからこそ書けたんだ。」
社会環境の雰囲気に影響を受けて、成長の過程では常に外を見て他人と比較してしまい、心の底から自分の作品を認めることができなくなってしまう。
そういえば、ここまで書いてきたのに、このエッセイのタイトル『2026年 大通車時代』についてまだ触れていなかった。その日の演出の後、車を呼んで帰ろうとしたら、運転手が淡江大橋経由で向かった。通車後は交通がより便利になって、三重五股方面へは64号道路で行けるようになった。今回の演出に来た時も、淡江大橋の夕焼けを見たかったんだけど、その日は天気が悪くて見られなかった。でも直接車で通過するだけでも、なんだかワクワクしちゃった!
一方、数日前には捷運三鶯線も正式に通車した。ちょうど『It's Alright』の時代の物語の二つの場所なんだ。これは偶然だろうか?
夜の淡江大橋

大航海通車時代?

